身分秩序(「詳説日本史B」170ページ)

 近世社会は,身分の秩序を基礎に成り立っていた。武士は政治や軍事を独占し,苗字・帯刀のほかさまざまの特権を待つ支配身分で,将軍を頂点に大名・旗本・御家人などで構成され、主人への忠誠や上下の別がきびしく強制された。天皇家や公家,上層の僧侶・神職らも武士と並ぶ支配身分である。
 被支配身分としては,農業を中心に林業・漁業に従事する百姓、手工業者である職人、商業を営む商人を中心とする家持町人の三つがおもなものとされた。こうした身分制度士農工商とよぶこともある。
 このほか、一般の僧侶や神職をはじめ、儒者・医者・修験者・陰陽師などの宗教者、芸能者など職業や居所によって区別される小さな身分集団が多数あった。
 そのなかで,下位におかれたのが,かわた(長吏)・非人である。かわたは百姓と同じように村をつくり,農業をおこない,皮革の製造やわら細工などの手工業に従事したが,死牛馬の処理や行刑役などを強いられ,江戸幕府の身分支配のもとで「えた」という蔑称でよばれた。
 また貧困や刑罰により非人とされるものもあり,対や町の番人や清掃・乞食・芸能に従事した。かわた・非人は居住地や衣服・髪型などで他の被支配身分とは区別され、賤視の対象とされた。
 これらの諸身分は,武士の主従制,百姓の村,町人の町,職人の仲間など,団体や集団ごとに組織された。そして一人ひとりの個人は家に所属し、家や集団を通じてそれぞれの身分に属するのが原則であった。武士や有力な百性・町人の家では,戸主の権限が強く,家の財産や家業は長子を通じて子孫に相続され,戸主以外の家族は軽んじられた。また女性は家の財産やその相続人となる家督から除外されるなど,その地位は低いものとされた。