差別意識とは

差別意識とは

偏見あるいは心理的差別ともいわれる。偏見とは、個人または集団に対して十分な根拠なしにいだかれるゆがめられた否定的な固定観念である。また同和対策審議会答申(1965年)によると、「心理的差別とは、人々の観念や意識のうちに潜在する差別であるが、それは言語や文字や行為を媒介として顕在化する。たとえば、言葉や文字で封建的身分の賎称をあらわして侮蔑する差別、非合理的な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み、婚約を破棄するなどの行動にあらわれる差別である」と述べられている。
 しかし差別意識や偏見は、人聞が生まれながらにもっているものではない。それは、差別的に分裂支配するという社会的なしくみのなかで、そのしくみ=差別を合理化し正当化するために支配階級によって作られ、流布され、民衆の意識のなかに注入されていくのである。差別意識や偏見の心理的なメカニズムも、決して自然的に機能するのではなく、差別的な社会のしくみのなかでのみ作用するのである。もとより、ある時代に作られた差別意識や偏見は、ひとたびそれが人びとの意 識のなかに注入されると、逆にその時代の差別を温存・強化するという能動的な役割を演ずるだけでなく、なかには、次の時代の新しい差別の形成の土台として利用されるものもある。ここに、差別の形成、維持、強化における差別意識や偏見の能動的な作用がある。
 しかし、差別を許さず、差別の撤廃を志向する意識やイデオロギーも、差別的な社会のしくみを土台として生みだされるとともに、組織的な運動を媒介にLて、逆に土台である差別的な社会のしくみそれ自体を作りかえていくのである。同和問題に関する差別意識に関しては、同和対策事業により実態的差別がなくなったことにより、差別意識ほとんどなくなった。ただ、この種の差別意識は、しだいしだいになくなっていくものであることに留意する必要がある。